第648回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院工学系研究科(山口研究室)博士課程後期2年の松山剛大 さんにお願いしました。
今回ご紹介するのは、担持Niナノ粒子触媒による脱水素芳香族化反応に関する研究です。脱水素芳香環形成は、1)酸化剤を用いる酸化的手法と2)アクセプターレスの手法に分けられますが、後者の方が熱力学的に高難易度の反応であることが知られています。今回、Ni触媒によるシクロヘキサノン類のアクセプターレス脱水素芳香族化反応を報告されました。本反応は、貴金属のPdと比較して非貴金属のNiを用いることによる課題を解決し、さらに酸化的手法よりも反応が進行しづらいとされるアクセプターレスの手法によって実現されました。今回の脱水素芳香族化が担持金属ナノ粒子触媒の特性を生かして進行することついても明らかにされています。本成果は、Nat. Commun. 誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています。
“Ni-catalysed acceptorless dehydrogenative aromatisation of cyclohexanones enabled by concerted catalysis specific to supported nanoparticles”
Matsuyama, T.; Yatabe, T.; Yabe, T.; Yamaguchi, K., Nat. Commun. 2025, 16, 1118. DOI: 10.1038/s41467-025-56361-4
研究を指導された谷田部孝文 助教と山口和也 教授から、松山さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!
谷田部先生
通常は学部4年生から研究室に配属になるのですが、松山君は、アポイントメントを自主的に取り、学部3年生の秋頃から早期に山口研究室で研究活動をしており、私が助教に着任した2020年1月ごろから固体触媒を用いた新規有機反応開発の研究を一緒に行ってきました。当研究室に全く知見のなかった金属ナノ粒子触媒による不活性結合切断のテーマを私の無謀な発案をもとに手探りで始め、最初のターゲット反応では難しすぎて数多のno reactionが続いたため (おそらく1年で400反応程度)、卒業論文直前に大幅に難易度を下げてNiナノ粒子触媒によるアルデヒドの脱カルボニル (それでも非貴金属触媒の中ではこれまでで最も良い性能) で卒業論文や一報目の論文 (ACS Catal. 2021, 11, 13745) をまとめたところ、今回の反応の端緒が偶然見つかりました。松山君は、常人では考えられないほど本当に実験量が膨大かつ必要なデータの取得や執筆速度が迅速で、いくつものテーマを並列して行いながらも、こうしたセレンディピティは逃さない鋭さも持ち合わせています。賞のある学会発表ではほぼ全て受賞し、修士論文のような卒業論文、博士論文のような修士論文を仕上げており (どちらも学内の最優秀賞を受賞)、博士論文はどうなるのだろうと思っていましたが、最終的に筆頭論文10報 (内、現在プレプリント3報) を出し、650ページ以上の超大作の博士論文を書き上げ、博士課程を一年短縮して修了という、私の想像をはるかに超える形となりました。今回の反応は、松山君がメインで行ってきた不活性結合切断 (分子編集) 系のテーマからは少し逸れるのですが、担持金属ナノ粒子触媒ならではの触媒特性で実現できた有機反応という点で共通しており、そのエッセンスが詰まっていると思います。来年度からは新天地で助教として益々の活躍を期待しています!
山口先生
松山君は私がこれまでに接してきた学生の中で間違いなくナンバーワンの変態学生です。変態というとなんかよくない印象を与えるかもしれませんが…、「変態」=「Metamorphosis」という意味です。松山君は学部講義の成績は超優秀(こんな成績表見たことないって驚いた記憶があります)で基本的に頭のよい学生です。地頭がよいことに加えて、研究室に入ってからは、土日祝もお盆も正月も休まず、我々スタッフの方から「たまには休めよ」と声をかけるくらい鬼のように研究に打ち込んでいる姿勢は本当にすごいと思います。膨大な実験からしっかりと一定の結論を導く能力、独自の視点で新しいことを考える能力等もここ数年で特に磨きがかかり、研究室内でのディスカッションにおいて、私自身ついていくのがやっとの状態…(むしろいろいろと勉強させていただいている、笑)。学内での発表会、学会での発表に関しても、しっかりと準備をして臨んで(研究室内の発表練習のための練習もやるという徹底っぷり)、その努力の結果、学会発表等では12件の受賞、学内においても、学部で工学部長賞(最優秀)、修士で工学系研究科長賞(最優秀)、博士で工学系研究科長賞(最優秀)を受賞しています。このような素晴らしい研究業績発信や受賞は、固体触媒研究分野における当研究室学生のアクティビティーの高さを示すものと思われ、私自身大変誇りに思っています。以上のようなたゆまぬ努力によって、彼の研究者としての能力(+人としての魅力も)は研究室在籍期間(5年)で一気に変態を遂げたと確信をしております。松山君は、2025年4月より東京都立大学(宍戸哲也研究室)の助教に着任します。新天地で新しいことを学び、吸収して、これまでのChemistryとうまく融合をはかって、今後、彼独自のワールドがどんどん展開されていくこと、大いに期待しています。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
芳香族化合物はご存知の通り, 様々な分野で幅広く利用されている重要な骨格でありますが, 芳香族化合物の官能基化の位置選択性は一般に置換基の電子効果により決定されます. 脱水素芳香環形成は, 非芳香族化合物を脱水素することで芳香族化合物を得る反応です. その中でもシクロヘキサノン類の脱水素芳香環形成は, 古典的な有機合成手法によって任意の位置に置換基を導入可能であることから, 様々な位置に官能基を有する芳香族化合物の合成を可能にするため, 非常に重要な反応であります (Figure 1a). 脱水素芳香環形成は酸化剤を用いる酸化的脱水素芳香環形成と, 酸化剤を用いずに分子状水素のみを副生するアクセプターレス脱水素芳香環形成に分類されますが, 後者は熱力学的に不利であることが知られており, より高難度な分子変換反応であるとされています. 熱触媒に限れば主に担持Pdナノ粒子触媒を用いてアクセプターレス脱水素芳香環形成が達成されており, 当研究室でも関連反応を多数報告しています (最新の例: 参考文献1).
非貴金属を用いたシクロヘキサノン類の脱水素芳香環形成の有力な候補として, Pdと同族元素であるNiが考えられますが, NiはPdと比べて原子半径が小さく, 電気陰性度が低いことが知られています. 本反応は既報からβ-水素脱離を伴うと考えられますが (反応機構の詳細は後述), 小さな原子半径はβ-水素脱離の遷移状態の幾何学的な歪みを大きくし, 低い電気陰性度はアゴスティック相互作用を弱めるため, Ni上でのβ–水素脱離はPd上でのそれと比較して困難であることが示されています (Figure 1b) (参考文献2, 参考文献3). さらに, β-水素脱離が進行した後に生成するNi–H種が非常に不安定であることから, 生成したアルケンへの再挿入が速く, β-水素脱離の平衡が逆反応側に偏っていると考えられます (Figure 1b) (参考文献4). このような背景からNi触媒を用いたシクロヘキサノン類の脱水素芳香環形成は, 酸化的・アクセプターレスいずれの形式においても報告がありませんでした.

Figure 1. Background of this work.
本研究では, 担持Niナノ粒子触媒が持つ多数の活性点や担体の性質を利用することで上記の課題を解決し, Ni触媒を用いて初めてシクロヘキサノン類の脱水素芳香環形成を達成しました. 具体的には以下の3つの協奏的な触媒作用が, 本反応達成の重要な要素であると考えています (Figure 2).
・担体上のBrønsted塩基点とNiナノ粒子上の活性点での協奏的メタル化脱プロトン (Concerted Metalation Deprotonation, CMD) による基質の活性化
・ナノ粒子表面の複数の活性点が関与した協奏的なβ-水素脱離によって, 原子半径や電気陰性度の観点から単核のNi触媒では困難であったβ-水素脱離を促進
・同一ナノ粒子表面に吸着している複数のシクロヘキサノン中間体間で非常に速く不可逆的な2電子/2プロトン移動を起こすことで, Ni–H種の再挿入よりも速く芳香族化合物と分子状水素を生成
上記の協奏的触媒作用を, 担持Pdナノ粒子触媒や単核のNi錯体との比較に基づき議論しました. 本触媒系はシクロヘキサノンのみならず, シクロヘキサノール, シクロヘキシルアミン, N-ヘテロサイクルやエナミンの脱水素芳香環形成, およびβ-ヘテロ原子置換カルボニル化合物の脱水素反応にも適用可能でありました.

Figure 2. Overview of this work.
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
本反応を見つけたのは, 私が修士1年の時でした. アルデヒドの脱カルボニル反応 (参考文献5) の基質適用性の検討を行っている際に起こった副反応から得られた知見をもとに検討を行い, 3年ほどかかりましたが, 論文として仕上げることができました. Q1に記したように, 当研究室を含む複数の研究グループで担持Pdナノ粒子触媒を用いたシクロヘキサノン類の脱水素芳香環形成を報告しており,「単なる非貴金属化」にとどまらず, なぜこれまでに均一系および不均一系触媒のいずれにおいても報告がなかったNi触媒で反応が進行するようになったのかについての議論を詳細に行ったことが本研究における一番重要な点だと考えています. 触媒活性の再現がとれなくなったり, 他に優先して行いたい仕事 (テーマ) ができたりしたため, 何度も休止期間を設けたため時間がかかりましたが, なんとか論文になって安心しています. テーマに取り掛かってから投稿までに時間がかかった上, 投稿から受理までに10ヶ月ほどかかってしまいましたが, その間, 関連する反応として, 東京大学大学院薬学系研究科の金井先生のグループから光レドックス触媒を用いたアルカンの脱水素芳香環形成が (参考文献6 (プレプリント DOI: 10.26434/chemrxiv-2024-s5n5v)), Can Jinのグループから活性はそこまで高くないものの光レドックス触媒を用いたシクロヘキサノンからフェノールへの脱水素芳香環形成が (参考文献7), それぞれ報告されたため非常に焦り, ゆっくりと進めていたことを後悔しました. とはいえ, 無事に受理された今では, うまくいかない時に焦るのではなく, 一旦他のテーマに移行して休養期間を設けて冷静になった頃に再び取り掛かることも重要であると感じています.
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
Q2にも関連しますが, これまでに担持貴金属ナノ粒子触媒で多数報告されている分子変換反応ですので, 単なる非貴金属化以外の観点で既報との違いを明確にするのが一番難しいと感じました. 比較対象として担持Pdナノ粒子触媒やNi錯体を選定したわけですが, これまでに担持Pdナノ粒子触媒を用いた関連論文ですら, 詳細な速度論解析を行った例はなかったため, 比較のための実験計画や基質の合成手法の確立など, 知見がほとんどない中で手探り状態で検討を行いました. 結果的に, 速度論解析や重水素ラベリングされた基質を用いた反応後のGC-MS, NMR測定・種々のコントロール実験等を組み合わせることで, 担持Pdナノ粒子触媒や単核のNi錯体との違いが綺麗に出てくれて安心しました. うまくいかない時や, 得られたデータの解釈に困った際に谷田部助教・山口教授に長い時間を割いて何度もディスカッションしていただいたおかげで, 我々の主張を受け入れていただくことができました.
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
来年度からは東京都立大学宍戸研究室の助教として着任します. 担持ナノ粒子触媒の特異な触媒特性を利用した液相における新規分子変換反応の開発を引き続き行いますが, これまでは担持ナノ粒子側の設計をメインとしてきた一方, 宍戸研究室には様々な固体酸塩基に関する知見がありますので, 担体側の設計についても積極的に行うことで, これまでの知見だけでは達成し得ない, さらなる高難度な分子変換反応へ展開していきます. 長期的には, 固体触媒特有の触媒特性を利用することで, 教科書に載る, あるいは教科書を書き換えられるような有機反応を開発したいと考えています. 現在行っている研究は基礎研究ですが, 数十年後あるいは数百年後にみなさんが我々の論文を読んで, 使ってくれるような有用な反応群の開発を目指して研究を進めてまいります.
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
様々な立場の方々が読まれているかと思いますので, あまり偉そうなことを書くのは躊躇われますが, 特に学部生あるいは大学院生の皆様は臆することなく新しいことに挑戦すると良いと思います. 私は, ある教授の最終講義で話されていた「誰もやったことのないことに挑戦しなさい. 流行りに乗って良い論文誌に掲載されても, 先駆者の名誉を高めるだけだ」という言葉に感銘を受けました. 研究室を運営するためには研究室の知見や, 他のグループの研究の拡張を行うことが重要であることは十分認識していますが, 若く時間がある時にこそ, 失敗しても良いので誰もやったことのないような, 難しいテーマに挑戦してみてください. 研究がうまくいっている時には, 外部機関での測定や学会発表などの機会を多く与えられ, 学ぶことも多いかもしれません. しかし私自身は, うまくいかない時期に課題を解決するために様々な分野の知識を取り入れ, 新しいことに挑戦しようとした経験や, その際に得られた知見が研究者を一番成長させると確信しています.
最後になりますが, 本研究を含む私の研究を進めるにあたり, 日々ご指導を賜りました山口和也教授, 谷田部孝文助教をはじめ, 東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻山口研究室の皆様に, この場を借りて感謝申し上げます.
研究者の略歴
名前:松山 剛大 (まつやま たけひろ)
所属:東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻 山口研究室
略歴:
2017–2018年度 東京大学理科二類
2019–2020年度 東京大学工学部応用化学科
2021–2022年度 東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻 修士課程
2023–2024年度 東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻 博士課程
2023–2024年度 日本学術振興会 特別研究員 (DC1)
2025年度– 東京都立大学 助教
関連リンク
- 非貴金属固体触媒で芳香族化合物と水素の同時合成を実現 ―酸化剤や添加剤不要、環境にやさしい新手法― (プレスリリース)
- Matsuyama, T. Yatabe, T. Yabe, K. Yamaguchi, Nat. Commun. 2025, 16, 1118. DOI: 10.1038/s41467-025-56361-4 (原著論文)
- 東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻 山口研究室ホームページ